認める必要性【歩み寄りの姿勢を持つ】
最近、TV番組などで著名人が討論している姿を見て自分なりに色々と考えました。
実際に、様々なメディアから情報が発信されている今、みんなが同じ考えを持つのは困難なのではないでしょうか?
各々がお互いを尊重する事で歩み寄りをしない限り、議論は平行線をたどり続けると思います。
メディアの衰退と進化
昭和の時代、私たちは誰もがテレビのニュースやワイドショー、新聞や週刊誌などから情報を得ていました。
それ以外に情報を得る術がありませんでしたからね。
大半の人の情報源が一緒だったのです。
その一方で、今ではどうでしょう?
インターネットの普及により、若者のテレビ離れが進みました。
テレビは観ないけどYouTubeなら見る。
そんな人が多い様に感じます。
私もどちらかと言うとそうなのですが...
更にはSNSの普及により、TwitterやInstagramでは常に最新の情報が飛び交ってます。
週刊誌こそ無くなってはいませんが、あの週刊文春も「文集デジタル」を配信している時代です。
時代の変化と言えばそれまでですが、私たちを取り巻く情報社会は大きく変化してしまいました。
自由に選ぶ人々
さて、そんな風に変化した現代ですが、人々が何を観るのかは完全に自由なのです。
テレビを観ようがYouTubeを観ようが自由です。
新聞や週刊誌を見るも見ないも自由だし、SNSを使うのも使わないのも自由です。
何が言いたいかというと、それだけ情報源が分散化されてしまった今は、何を信じるのかは完全に個人の自由なのです。
聴いている音楽や観ている動画が違うように、信じる情報も違って当然ですよね。
批判は何も生まない
信じる情報が違えば、当然価値観も違ってきます。
しかし、自分の考えと異なる人を批判したり攻撃したりするのは何か違うと思います。
自分にとっての正義が相手にとっての正義ではないのですからね。
そんな時こそ、
「そう言う考え方もあるよね」
と相手を認める事が必要だと考えます。
そもそも完璧な人間などいないのですから、謙虚になって一旦は相手の意見を受け止めてみましょう。
思いもよらない事に気付かされるかも知れません。
1度試してみて、それでも考えが相入れない人とは距離を置いちゃえば良いと思います。
無理なものは無理だと諦めましょう。
私はこう考えるようになってから、意外と人の意見に聞く耳を持つことが出来るようになりました。
バッサリと切り捨てずに、考えの違う相手を認めるのも時には大事だと思いますよ。